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理由がうまく説明できない事

 
 
 

読んでも全く何も書いてないぐだぐだな話です。

 

私はちょくちょく利用するのだが苦しい経営が続いているブックオフ

diary.uedakeita.net

ブックオフに関連した上記のエントリーのネタもなかなか辛辣(愛情?)だが、節操ないブロガーなら全ての漫画にアフィを貼るだろうところを、オチのキングダムのみという点が潔く好感が持てる。

 

私は一度だけ近所のブックオフの閉店セールを体験した事がある。閉店理由は建物の老朽化とされているが本当の理由は知らない。閉店前からセールのアナウンスがされており、私もセールを狙っていた。

ブックオフに限らないが、立地や店長の考え方で店の傾向は大きく異なる。私は過去20店舗程度のブックオフに足を運んだ事があるが、閉店した店舗ははっきり言って酷かった。

酷かったと書くと店員の態度が悪いとか誤解されそうだが(態度は悪くないが問題はあり後ほど記述する)そういう意味ではない。問題は主に客、この店は有得ないほどにせどり客が多かったからだ。

 

せどり客の多かった店

せどりは周知の事と思うが、ブックオクなどで安く仕入れた商品をアマゾンやオークションなどで販売して利益を得る事である。スマホとネット環境が整った事でせどり人口も増加しただろう。ビームせどりとよばれる手法で、商品情報を読み取る小型端末を使い瞬時に大量の商品情報を読み込み、売れ筋や、値段などをその場でチェックし売れ筋のものや高値販売が見込めるものを大量に仕入れていく。

数は少ないが、ブックオフ自体を倉庫代わりにするせどりもある。要は大量に仕入れると在庫を抱える危険性があるため、そのリスクを回避するために店で商品をチェックし、ネットに販売情報を掲載する。画像はネットで拾ったものを転載。そうする事で注文が入った時だけ、ブックオフに仕入れに行くというやり方だ。リスクは減るが、注文が入ってもすでに売れている場合もあったり、毎回店舗に購入に行く必要があるので手間がかかるというマイナスポイントもあるため、多くはビームせどり派だろう。

 

で、私の近所のブックオフはこのビームせどりをする客が毎回いるのだ。せどりをする客は何度も顔を見る人もいれば、一度きりの人もいた。年齢層は、下は20代から上はどう見ても70歳は超えた白髪の老人まで幅広かった事にも驚いた。意外だったのは、一人でせどりをしている人ばかりかと思っていたが、実際はそうではなかった。一人のせどりもいたが、カップル(聞こえてくる会話で推察すると多分夫婦)や友人同士、グループ、あとは一人でやって来ているがせどりをする者同士のネットワークがあり顔見知りになっている者もいるようだ。別の店舗にいる仲間とも連絡をとりったているようで、あっちの店はどうとかそういった会話をしていた。別に彼らの会話にいちいち耳をすましているわけではないが、嫌でも隣から聞こえてくる事がよくあった。

これは傾向なのか、偶然なのかは分からないがあくまで私の経験則では漫画やゲームの棚では彼らとはちあった事は無かった。いつもハードカバーの本や文庫、参考書、専門書、写真集、画集などのコーナーであった。まれにCDやDVDのコーナーでも見かけたが回数は少なかった。

これは売れ筋が書籍中心なのか、そもそもブックオフのCDやDVDの値段がシビアなせいかは分からないが、一つの傾向と言って差し支えないだろう。漫画は多分、利益も少なく、巻数が多くなると在庫問題もあるので避けられがちなのだろう。

 

私が冒頭、店員に関しても態度は悪くないが問題はあると書いたのは、この店舗ではせどり客と親しい関係の店員が多い事だった。頻繁に来店するため親しくなった可能性はあるが、彼らは決してせどり客に注意をしているところを見た事がなかった。大量に籠を置いて通行の邪魔になっていても店員は注意せず、せどり客と談笑していた事もあった。

また、見間違いでなければ勤務を終えた店員が着替えた後、せどりを始めほかの店員も容認していたようだった。ブックオフでは店舗によってはせどりを禁止している店舗や控えるよう呼びかけている店舗もあり、そういった店舗と比較すると雲泥の差といえる。

因みに多い日だと私は同じ店舗で六人のせどりをしている人を見た事がある。別に二十四時間その店舗にいたわけではないが、流石に多いなと思い未だによく覚えている。

 

せどりは問題なのか?

では、せどりが問題なのか?と問われれば、はっきり言って店にとっても客にとってもマイナスになる事は少ないだろう。店にとってみれば、マイナスどころか大量に購入してくれる上客と言い換えることも出来る。せどり客を嫌う一般客離れの懸念がある点はマイナスといえるかもしれない。

 

客にとってのマイナス点を考えると、一つは棚の前でずっと居座られる事があり邪魔、二つ目は大量に購入するため籠を何段にも積み重ね、通路に置いたりして邪魔になるなどが考えられる。

一つ目の居座るに関して言うと、じゃあ立ち読みはどうなの?と疑問がわくだろう。寧ろ立ち読み客の方が長い間居座っている事のほうが多く、そっちのほうが邪魔だという人が多いかもしれない。

二つ目の大量購入による籠の積み重ねは確かに邪魔でこれはせどりをする人特有と考えてよいだろう。まれに普通に大量購入する人もいるだろうが、多くはせどりの人だと考えられる。通路を塞ぐ行為は、単に日常的に邪魔なだけでなく万が一の災害や犯罪、火災などの場合に非難の妨げになる可能性があり、これは重要な問題でもあるため非難されて当然だろう。

そのため、せどりをする人の中でも大量購入はやめる、籠一つごとに会計を済ませるなどの方法で対処しているようだが、そうではない人も未だに多く見受けられる。少なくとも私の行く店舗ではそうだった。

 

これ以外で思いつくとすれば、端末での読み取りやスマホでの検索行為が鬱陶しいという人もいるかもしれないが、これを理由をつけて批判するのは少し難しい。じっと立ち読みをしている人や普通に本を探している人と比べれば動作が多いので鬱陶しいとも言えるし、読み込む際に手際よく本をさばいていくため、本の扱いが雑で傷むのではと批判もできるが、そもそもブックオフのような古本屋でそのレベル扱いでの本の痛みをどうこう言うくらいなら、はじめから新品の本を買える店舗に行くだろう。

 

閉店セールで見た光景

私が閉店セールに行った日は大変な行列で店の中だけでなく外まで何重にも列ができていた。セールの日は勿論今まで見かけたせどり勢もオールスターせいぞろいだった。ごった返す夏の店内は人の汗と古本の匂い、べったりとした空気がなんとも言えない匂いを生み出していた。本当に暑さと人の多さで正直長時間いる事が苦しかった。

あまりの暑さにせどり勢も持参のペットボトルで水分補給しつつ、大量の籠を量産していた。流石に床に置くと邪魔なので何故かレジ横に積み上げていたようだが、私が酷いなと心底思った瞬間がこの日だった。

 

それは彼らの一部が籠に入りきらないものを棚の上に積み上げていた事だった。大雑把に見つけた良さげな商品を大量に積みあげたものか、全て買う気なのかは分からないが、要は自分たちで商品を予め独占している行為に等しかった。

ある普通の客が、そういった事とは知らずに単に棚の上にある本と思って手に取った際、せどりをしていた人物が「それは自分のだから触らないで」といった内容の注意をしたのである。普通の客からしてみれば何を言っているのか分からなかったに違いない。どう見てもただ棚の上に積まれてあるものにしか見えないのに、それを触るなといわれるなど考えもしなかっただろう。

こういった本が何十冊も棚の上にあった。それは同一人物がした事なのか複数なのかはわからない。だが、私は心底彼らの行為に苛立ちを覚えた。

また、床に籠を積み上げる行為は万が一の際、避難の妨げになるためやめるべきだと前述したが、この日のような人がごった返す状態で、棚の上に何の支えもない本を大量に積み上げるのが非常に危なく感じる。本当にあの日、何かの災害が起こっていれば、元々大量にある本だけでなくさらに上に積まれた本が落下してくる事を想像すると、やはりぞっとする。

 

レジや整列で手がいっぱいの店員にそれを正すよう求める事は酷な事だろうし、何もかも店員にお願いするのもこちらの傲慢とも言える。(見えないところで呼びかけなどはされていたかもしれないが)

だが、この店舗で日頃から彼らに対してもっと抑制するような働きかけや呼びかけがあったらどうだっただろうか?私が最近よく行く別店舗ではせどりに関する大量の張り紙や目に余る行為には声かけがされているようだが、全くといってよい程せどり客を見ない。まれにそれらしい客がいても大量の籠を床に置いてなどの行為はない。

もし、この店舗が閉店する際も私が以前行った店舗のような行為は発生しづらいのではないだろうか。日頃から、この店はせどり行為やそれから派生する迷惑になりかねない行為に厳しいという印象がすでに彼らにも植え付けられているだろうから。

まぁ、セールになったらそんなの関係なくやりたいようにやる客はいるだろうし、この店舗がだめなら他へ行くだけという人もいると思うので、一概には言えないが少なくとも、日頃から何かのアクションを起こしている店舗とそうでない店舗の違いはわずかではあっても生じてくるように思う。

 

勝手に狡さを感じる

ぼんやりとした事を書いてきたが、率直に言うと私はせどり自体は特段悪いとか良いとか何も思っていない。だがいつも、「せどりをしている人」にイライラしていた。上記したいくつかの曖昧な理由では批判の根拠としては全く機能しないと自覚している。では何故「せどり」には何も思わないのに、こんなにも「せどりをしている人」に苛立つのだろうか?

結局のところ、狡さを感じてしまうからなのだろう。普通に本を買いに来た自分たちとは違い彼らは儲けるために来ている。儲ける事は悪い事ではない、だが、横でそれをされる事に苛立つ自分がいるのだ。

立ち読みも金を払わずに知識や情報、楽しさを得ている、それだって利益といえるし、本を買ってお金は減っても何かを買う楽しさや満足感、所有感、買って読むことで得る知識も自分にとっては立派な利益といえる。

だったら、同じ時間を使ってせどりをしお金を得る人、立ち読みをして無料で知識や情報を得る人、お金は減るが所有感やゆっくりと読む機会、知識を得る人。それぞれ得るものは違えど、目的が異なるだけで実は変わらないのではともいえる。

 

うーん、でもせどりした本売れるまでは読めるしやっぱりせどりしてるのずるいよなぁ、とか結局堂々巡りしてしまう。直接損はしていないが、彼らの方が得しててズルイって感情が何処からかわいてくるのだ。

こんな風に自分にはうまく説明できない感情がよくあるが、ネットでブログやブックマーク、コメントなどを見ていると皆ちゃんとそれを言語化し説明できていてすごいなと思ってしまう。説明できないだけでなく、うまく処理できているのか自信が無い時も多々ある。こんな時は野菜とか瞑想とかすればよいのだろうか?

 

まぁ、たかが数百円で悩んでいるただ単に私がセコイだけと言えば全てに説明がつくか。だったらはじめからせどりがいない普通の本屋へ行けよと言われればそれまで。でも、自分がセコイとか認めたくないしなぁ、とか小学生みたいな事も一瞬頭に浮かびすぐに消えを繰り返し、別の感情の問題へとダラダラと繋がってしまう。

駄目だこりゃ。

 

終わりそうに無いので今回はこれにておしまい。